将棋電王戦前に知っておきたい6つのこと

とうとう今週末からプロ棋士VSコンピュータの5番勝負 第2回 将棋電王戦の幕が開けます。5週に渡り、毎週土曜日に5人のプロ棋士と5種類のコンピュータ将棋ソフトが戦う団体戦です。

電王戦の観戦ガイドを書き始めたらそれだけで本を1冊書けそうな勢いなのですが、あまり長すぎて読まれないのもアレなので、6つの事柄に絞ってまとめました。結構な分量になっていますが、これでも誤解を承知で表現を削っている部分が多々ありますので、ご了承下さい。

 

コンピュータは未だに現役の男性プロ棋士には勝った事がない

2005年、橋本崇載五段(当時)がコンピュータ相手に敗北寸前まで追い込まれた事を機に、棋士が無断でコンピュータと対局しないように将棋連盟が通達を出しました。これは、ビジネスチャンスとして管理するという面が強く、正しい判断だったと思います。
そして、2007年に渡辺明竜王Bonanzaと辛勝したのを最後に、現役の男性プロ棋士とは対局は組まれていません。

その後は、2010年に女流のトップである清水市代女流二冠(当時)、2012年には引退後8年経っていた故・米長永世棋聖との対局が組まれ、ともに棋士側が敗れました。しかし、この2人は現役男性プロ棋士より棋力が劣ることは明白であり、今回の第2回将棋電王戦は、コンピュータ将棋が現役の男性プロ棋士とどれだけ戦えるのか、あるいはどれだけ上回るのかが明らかになる歴史的イベントになるわけです。

 

コンピュータは何故人間を上回れていないのか

1997年にコンピュータチェスのディープ・ブルーが世界チャンピオンを破りました。今では、スマートフォンのアプリがチェスのグランドマスター級という話もあります。しかし、似たようなゲームである将棋は人間に追いつけていません。この理由として、

  1. マス目の数や駒の数、そして何より取った駒を打てるという違いがある将棋では合法手(ルール上選べる手)がチェスと比べて格段に多い
  2. チェスの平均手数は70~80、将棋の平均手数は100~120と、1ゲームの長さが異なる
  3. チェスはだんだんと駒が減って選択肢が収束するが、将棋は終盤になるほど盤面が複雑化していく

などの理由があります。
この違いがさらに顕著なのが囲碁で、盤面が19路、1局の平均手数が200にもなるため、未だにコンピュータがアマチュアレベルにとどまっています。(この辺、無料電子雑誌『囲碁人 vol.17』でプロ側が「弱点突いてフルボッコにしてやったぜ」と書いてておもしろいので是非ご一読を)

 

世界コンピュータ将棋選手権

20年以上に渡って年一回行われているコンピュータ将棋の頂点を決める大会です。
とくにここのところの全体レベルの向上はめざましく、数々の実績を残してきたBonanzaが昨年大会では決勝リーグに残れなかったほどです。

今回の電王戦では、昨年大会の上位5本が参戦します。この5本はもう一度やったらどれが優勝してもおかしくないくらいに拮抗して強いソフトばかりですので、どの対局でも優劣無く強さが発揮されることは想像に難くありません。

参照:なのはさん大活躍!!? in 世界コンピュータ将棋選手権

 

持ち時間の問題

電王戦は持ち時間4時間です。プロ棋士が全力を出すという意味ではもう1~2時間ほしいところですが、ニコ生で中継やることを考えると4時間×2+昼休憩+αは妥当なところでしょう。

では、コンピュータにとってはというと、かなり未知な領域です。

一般に長時間だと人間が有利という風潮がありますが、単純に時間が増えれば、コンピュータ側も棋力が上がることはコンピュータチェスが証明しています。
ただし、普段の開発時や大会では持ち時間が4時間にもなることはないため、時間の使い方をどうソフトに仕込むかが大変難しいはずです。現在、コンピュータ将棋道場のfloodgateでは急遽持ち時間4時間設定をやっていますが、1日中回しっぱなしでも3局しかできない計算ですので、開発者の方も大変苦労しているようです。

また、将棋電王戦のルールで「昼食休憩は、可能な限り厳密に、12時00分から13時00分までの1時間とする。その間はコンピュータ側はマシンの電源を落とさず、思考を続けて良いものとする。」と決められているのをどう有効に使えるかも注目です。人間だと休憩時間を有効活用するために手の進行を調整したりもするでしょうが、さすがにそこまでのチューニングはできないですかね。

参考:持ち時間について(『臥龍』開発メモ)Blunderの将棋が凄い

 

対コンピュータ研究

今回は奇数戦が棋士の先手、偶数戦がコンピュータの先手というのが既に決まっている上、棋士側が全員居飛車党なので、事前準備の選択肢がかなり絞られています。そこで重要になるのが研究用のソフト提供状況です。

記者会見と、月刊『将棋世界』の特集、そして開発者の方々のブログなどを見る限り、研究用のソフト提供は以下のような状況です。

  1. 習甦→1台構成でソフト提供ありなので本番に近そう。
  2. ponanza→ソフト提供無し。さらにスポンサーから高性能機借りてのクラスタ化予定で過去のデータも当てにならなそう。最も厳しい。
  3. ツツカナ→1台構成でソフト提供あり。さらに、開発者の一丸さんがかなり協力的なので研究はやりやすそう。
  4. Puella α→Ubuntuのマスター1台・スレーブ2台構成の故・米長会長用ボンクラーズをマシンごと引き継ぎ。可も不可も無くな条件。
  5. GPS将棋→ソフト自体はネット上で公開されているものの、本番が670台構成なのでどうなるかはさっぱり。

 

コンピュータの弱点?

問題がわかっている以上、対策を積み重ねて克服している部分もあるでしょうが、一般論としてまとめてみます。

  1. 30手先に意味を持ってくるような曖昧な局面は評価しづらいので、序盤・中盤が弱い
  2. 棋士の間では研究などで結論が出ている変化へ、一直線に飛び込むことがある
  3. 終盤でも、攻めの距離・速度計算および入玉形などが苦手
  4. 定跡から外れすぎると局面を評価を誤りやすい(第1回電王戦の2手目△6二玉など
  5. 再現性の高い穴があるかもしれない(香得定跡
  6. 棋士専用の対策を仕込みにくいので受け身になりやすい
  7. フリーズやバグなどの潜在的な問題が無くせない

評価関数や機械学習について厳密な話をし始めるとまとまらなくなるので、割愛させていただきましたが、気になる人は「ボナンザメソッド」などで検索してみてください。

 

おわりに

将棋史に残る世紀の一瞬を完全生中継で観戦できるというのは、いくつかの偶然と多くの人の尽力があってこその結果ですので、大変喜ばしい限りです。今日の新聞でもニコ生の告知という世にも珍しい広告が入ってるのを目にしました。普段、将棋観戦に興味が無い人も目にするはずだと思って、解説記事を書いてみました。前日までに、第1局に絞った解説も書いてみる予定です。

では、最後に片上六段が渡辺竜王 VS Bonanza戦を見た2007年当時の言葉を引用させていただき、終わりにします。

僕の予想では、コンピュータが初めてプロに「1局」勝った日から、数年の間は競合関係が続くような気がしている。根拠は特にないのだが、「1番入った」と「追いついた」と「追い越した」はそれぞれ、ずいぶん差があるというのが僕の、20年将棋を指してきた中での実感だからだ。それがコンピュータにも当てはまるかどうかは知らないが、負けた翌年に再挑戦して最強コンピュータに見事リベンジ、そんな人間の姿も僕は見てみたいのである。

 

追記:将棋・序盤完全ガイド 相居飛車

明日(Amazonだと27日)発売の本ですが、読む前から電王戦観戦のための必読書になると確信できますので、紹介しておきます。

1冊目の振り飛車編が初心者向け観戦ガイドとして素晴らしかったのですが、好評を受けてさっそく2冊目の相居飛車編が刊行になります。電王戦の参加棋士居飛車党ばかりなので参考になる展開がきっと出てくるはずです。駒の動かし方と『棒銀』、『四間飛車』って言葉がなんとなくわかる人なら充分楽しめる平易な内容です。

なお、明日はその刊行記念も兼ねて、ニコ生で上野五段による解説番組が開かれます。電王戦関係無しに期待できますので、是非ご覧下さい。

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