タッグマッチならではの局面から電王戦タッグマッチを振り返る

いやー、電王戦タッグマッチが非常に熱かったですね!!!!

正直、棋士とコンピュータの折り合いが付かずちぐはぐになったり、ミスが減って淡泊で一方的な展開になるのでは?と思っていただけに、あそこまで神懸かった一日になるとは夢にも思いませんでした。

佐藤慎一四段とponanzaの優勝、本当におめでとうございます!

 

さて、今回は棋士とコンピュータのタッグマッチという事で、観る側としてもどう受け止めるようになるのか始まるまでわかりませんでしたが、意外や意外。見所は完全に局後の感想戦でした。
棋士とも苦笑交じりに「ここはコンピュータに頼りきってしまいました」という局面が多く、普段の対局以上に棋士が何を考えていたのかが露わになるおもしろさがありました。

では、その中で個人的に抑えておきたい局面をまとめてみます。

 

船江ツツカナ-三浦GPS戦 33手目▲2八歩

ここ2~3ヶ月で見掛け始めた△2四飛から飛車交換迫ってから△2八歩を強要する指し方です。なんてことない序盤ですが、この時点でタッグマッチだからこそという意義があって、

  • 珍しいコンピュータによる横歩取り
  • コンピュータが棋士の最新研究に挑むという構図

が実現しています。

横歩取りは一手の読み抜けも許されないような精緻な終盤の読み合いになるため(現に女流戦ではほとんど見られない)、コンピュータ相手には本来選びにくいのです。また、横歩取りという戦型は先後ともに志向しないと成立しないため、コンピュータ同士でも指される頻度は低めです。
そんな何十人という棋士が徹底的に洗っている横歩取りの最新局面を、コンピュータに突きつけているわけです。まさにタッグマッチならではという展開といえるでしょう。

これにより、横歩取りが苦手なので角換わりを選ぶ事で有名な阿部光瑠四段が解説にて「わかりません」を連呼する難解な展開になりました。しかし、局後の対局者2人も「わからなかった」を連呼していて、「わからなかった阿部光瑠四段が正しかったんだ!」という観客全員が謎の納得をしたのには笑いました。

 

船江ツツカナ-三浦GPS戦 80手目△5三桂打

その終盤戦ですが、この一手がおもしろかった。

大盤解説の阿部光瑠四段は当たり前のように歩ではなく桂で合駒する手を示していたのですが、局後の感想戦で三浦九段、船江五段ともに「棋士では絶対に考えない」と強調しつつ、コンピュータの手を選んだと言っていました。

終盤の山場で普通なら考えない手をコンピュータのサポートにより指せる事のおもしろさに加え、それを棋士で最も若い阿部光瑠四段のみが当然の一手だと言っている構図こそ、まだまだ将棋は進化するのだと確信した瞬間でしたね。

 

佐藤慎ponanza-塚田Puella 41手目 ▲3六飛

 

序盤の間合いを測る段階から中盤へと移行した局面です。この▲3六飛が今回のトーナメントで最大の衝撃でした。

3三の地点にプレッシャーをかけて△5二玉型をとがめる工夫の一手で、解説の谷川会長も「おもしろい手」だと言っていたのですが、これを選んだのはponanzaだというんです。まだ陣形整備の段階で、この将棋の組み立てを決定づける一手が人間ではなくコンピュータから出てきたというのは、計り知れない意義を持つと思います。

 

佐藤慎ponanza-塚田Puella 81手目 ▲3三桂打

こういうゴリッと直接打ち込む手はプロ好みではないため浮かびにくいですし、指しにくいと思うのですが、これもponanzaの読みにより指された一手です。解説の森内名人もponanzaの読み筋を見るまで思いついていなさそうでした。

感想戦で佐藤慎一四段が

  • 普段なら30分は考えないと怖い局面でも踏み込める
  • 第一感では浮かばない手を指摘してくれる

という旨の発言をしていました。コンピュータと組んでいるからこそ、1時間切れ負けでも踏み込めた好例だと思います。

 

佐藤慎ponanza-三浦GPS 117手目 ▲2四歩

ここまでコンピュータの手ばかりを出しましたが、最後はこの一手で締めましょう。

一時はGPS将棋が+500点まで出して、局後の三浦九段が冗談めかして「私とGPS将棋が組んで逆転負けすることは無いと思ったんですが」という局面から我慢に我慢を重ねて形勢不明まで持ち込んだところです。

1三の馬が強力で次の瞬間には詰まされてもおかしくないのですが、ここでponanzaの意見を一蹴して佐藤慎一四段が選んだ手が▲2四歩でした。

ここから△同馬 ▲3六桂で4四の銀を消した上に、攻防の要であった後手の馬を引きずり出して最後には取り去れました。森内名人もおっしゃったように、▲2四歩が勝利の一手だったのでしょう。
コンピュータの読みに頼らず、あれだけの山場に自分の読みを信じて勝ちを引き寄せた佐藤慎一四段に、プロ棋士としての矜恃を垣間見ました。

 

最後に

正直なところ、今の将棋電王戦にはもにょもにょするところも多かったりするんですよ。
ハードウェア固定で賞金ありという独自のコンピュータ将棋予選は、つまるところレギュレーションが比較的自由な世界コンピュータ将棋選手権と競合するわけです。クラスタ化に進んでいた開発リソースをどう振り直すか、開発者の方々も相当悩んでいるんではないでしょうか。

世界コンピュータ将棋選手権のスポンサーを今年から降りてニコ生中継をやらなくなった辺りも、何十年もかけてコンピュータ将棋を育ててきた大会に砂をかける行為に思えてなりません。

でも、それとは別に棋士とコンピュータ将棋の関係がニコニコ動画のおかげでうまくいっているし、実際それで得られる対局が非常に満足いくものであることも事実です。

 

今回のように対立し合うもの同士がうまく折り合いをつけて、一人では到達し得ぬ局面へとたどり着いてほしいと願うばかりです。(少しうまいことを言ったつもり)