『第2回電王戦のすべて』を読んで

世紀の一戦となった第2回将棋電王戦の総括となる『第2回電王戦のすべて』が発売となりました。 全局終了からわずか3ヶ月という興奮冷めやらぬうちの素早い刊行で、当時を思い出しながら一気に読ませてもらいました。電王戦について本ブログへいろいろと書いてきた身としては、触れずにはいられない一冊です。

 

本書の不満点

後半が白けるのも申し訳ないので、先に本書の不満点を述べさせてもらいます。

確かに、将棋に触れる層を考えると全員がパソコンに詳しいわけではないし、電王戦の記録として活字で書き残しておくことは重要です。それでも、収録されたコンテンツのほとんどが、羽生さんの事前インタビューや、対局後の会見、棋界関係者による観戦記など、既にインターネットで読める・見られるもので占められているのは残念でした。

さらに、写真素材がニコニコ動画のキャプチャで占められているのがいただけません。流れているコメントにブロックノイズが被っているものもあったので、ニコ生を録画したものをキャプチャしているのも入っている気がします。

マイナビ――毎日新聞社系列の出版のプロであると同時に、棋書発行の中核である存在が書籍化しているんですから、マイナビだから用意できる内容で構成してもらいたかったです。ネット素材に頼りきるとか、編集者の敗北でしょう。

もちろん、ソフト側の形勢判断(Ponanzaと激指による多角的な検討含む)や、棚瀬氏と柿木氏の対談などの追加要素もあるのですが、それが興味深かっただけに、第3回があるならもう少し工夫して欲しいところです。

 

船江五段による自戦記

不満点を先に書きましたが、枝葉の記事などおまけで、本書の肝は出場5棋士による自戦記です。自身による一冊の本にまとまるほどの掘り下げは、本書でしか読めません。一生を将棋に捧げた男達が、一局の将棋に賭けた思いが綴られるのですから、おもしろくないわけがありません。 その中でも、第3戦となる船江五段の自戦記は群を抜いて素晴らしかったです。泣かせようと思って書いているわけではないでしょうが、読んでいて自然と涙が出そうになりました。

ツツカナは△7三銀から素早く攻撃の態勢を整える。 そうだよね。戦いが好きだからなぁ。 それなら私は手厚く囲い、攻撃を迎え撃とう。 棋は対話なり。 3ヶ月間、みっちり指した私にとって、ツツカナは得体の知れない怪物ではなく、棋友になっている。

アルゴリズムによる計算結果に対して真剣に向き合って見える物は、真剣に向き合った人にしかわからないでしょう。しかし、朴訥とした語りの中から滲み出るツツカナへの思いから、持てる全てを費やして芳醇な時間を過ごしたことは伝わってきます。

対局からふた月が経った今でも、▲2五桂打の局面がたまに浮かんでくる。 本局における唯一の後悔。 それは▲2五桂打と指したことではなく、なぜあの瞬間もう少し考えることができなかったのか。そのことに尽きる。

結果はご承知の通り、船江五段が敗れました。しかし、敗戦記だからこそ露わになる感情こそ人が指す意味であり、プロ棋士の魅力です。

歯を食いしばり、脳が灼けるような思考の極致に没頭するのが棋士達の仕事です。その姿を生中継で見られる幸運に恵まれたのが電王戦でした。そんな一戦を対局者本人の目線を通して振り返っていると、棋士の見ている世界の片鱗に触れた気になれました。

 

おわりに

かなり感情移入して読んだので客観的に判断しにくいのですが、脚注などは一切無いので、電王戦で初めて将棋観戦をした方にはわかりにくい本かもしれません。それでも、読めば将棋の持つ熱量が伝わる一冊に仕上がっていると思います。第1戦 阿部光瑠四段の原稿が一部公開されてます。ひとまず、それを読むといいのではないかと。

前書きにもかいてありましたが、谷川会長にはこの盛り上がりを燻らせない形で第3回を開けるよう頑張っていただきたいと思います。

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