個人の情報発信能力が上がりすぎてる事について考え直す時期じゃないだろうか?

脳みそに浮かんだそのままをアウトプットしてみる企画 その1

 

不謹慎な事ですが「最近よく車が人に突っ込むなぁ」とか考えてて,4年前の秋葉原の事件が浮かんできました.もう4年なんですね. んで,その時に現場をUstream中継した是非で揉めてたのを併せて思い出したのが今日の主題です.

当時,秋葉原の事件とUstreamって記事書いたのですが,ざっくりと内容まとめますと,『知り合いがUstして批判浴びてるけど,Ustとか我々にとっちゃ日常にある技術で,携帯で写真撮るぐらいの感覚の当たり前の行為をしただけだ.たぶん今後こういうの広がるぞ.』といった趣旨です.

当たり前と言えば当たり前ですが,4年前だとTwitterすらろくに普及していない時期で,この感覚は全く理解されなかったと思います.でも,Twitterって単語を説明なしにテレビで使えるようになり,Ustreamの認知度も上がり,ニコ生まで生まれた今なら,少しわかってもらえるんじゃないでしょうか.

これまた不謹慎な話ですが,今また秋葉原で同等の大事件が起きたら,ネット中継が何枠も配信されて,「中継とか不謹慎だろJK」の「常識的」な部分も違ったニュアンスで語られるでしょう.当時も遺体を携帯で撮って問題になってたので,カメラを向ける部分への嫌悪感までは払拭される事は無いでしょうけどね.

 

はい,冒頭の通り,脳みそに浮かんだままをアウトプットしているので,着地点とか考えてませんでした.

上記の記事内であきらめ半分に

Ustreamのように視聴者との双方向性が確保されたメソッドが日本中に行き渡る日はまだ遠そうですね。

と書きましたが,とっくにその段階を迎えている事には驚きを隠せません.そんな今だからこそ,こういう問題については早めに考えておいた方がいいんじゃないかと思います.

こんな感じで締めてみます.