羽生さんが永世七冠となったことは、今更でしょう。
その中でこの記事読んで「あ、寝かせていたネタを仕上げなきゃ!」という、誰にも頼まれていない義務感が降ってきました。
筆が乗りまくった結果、万人向け解説は放棄してますので、適宜読み飛ばしてください。
20年かかった世代交代
羽生世代とその直下はもう40代後半。年齢的にキツいと言われながらも、第一線を死守しています。 とはいえ、故・米長邦雄永世棋聖が50歳という史上最高齢で名人位を奪取した時にもてはやされた事を考えると、流石に年齢的な厳しさも避けられないでしょう。
将棋レーティングサイトのtop6人が全員20代で、かつ全員電王戦出場者になった。藤井聡太の四段昇段から1年、すごい激流を見た。#shogi #電王戦 pic.twitter.com/LTmnDVo76B
— BigHopeClasic (@BigHopeClasic) 2017年9月21日
https://witter.com/BigHopeClasic/status/910698520083959808
そして今年9月、とうとう節目の日を迎えました。
20代で名人位を奪取した佐藤天彦名人、そして先日初タイトルを奪取した菅井王位と20代の活躍が目覚ましい昨今。瞬間的とはいえ、レーティング――統計的な実力ランキングでトップ6人が20代で占められたのです。
囲碁やチェスなどは20代ですら若いといえない世界ですが、将棋界においては十数年に渡りなされなかった世代交代の波が急激に押し寄せているように見えます。
何故、世代交代が起こったのか?
単純な能力の衰えで片付けるには突然過ぎますし、それなら20代だけが伸びている理由としても弱いでしょう。ここで、将棋の携帯中継が始まって以来、全局観てきた自分の肌感覚から、一つの仮説を立てました。
"ここ1~2年で定跡の根底の所がひっくり返されて、特にトッププロの多くが得意とする居飛車の定跡形で、ベテラン勢の経験が活きない状況になっているのではないか?"
ということで、百聞は一見にしかず。居飛車定跡形の代表的な4戦型(+α)の採用比率推移についてグラフでまとめてみました。元データは将棋棋士成績DBを使わせていただきました。DBの中の人による戦型判断であり、全対局の3~4割は「戦型不明」なのでその辺を差し引く必要はありますが、データとしては十分でしょう。
いやー、これ一枚で将棋ファンはニヤケが止まらないっしょ。特に去年から今年にかけての傾向が如実に現れていて、ぞわっとしました。リミッター外せばこれについて原稿用紙100枚分語れる自信あるよ、俺!!!!(※最終的に本記事は原稿用紙20枚分です)
とくに2015年から2017年にかけての急激な変化が如実に現れたグラフだと思います。では、戦型ごとに紐解いていきましょう。
相掛かり
一番平和なので、サラッと。
数年前活発だった2手目に△8四歩突く or 突かない議論の影響も見られず、10年間ほぼ横ばいでしたが、よく見るとここ2年で採用率が1.5倍に増えています。 △3四歩からの定跡形がことごとく潰されているため、それ以外の変化が求められているのでしょう。
この局面で飛車先交換保留が増えてきた辺りについて書きたいけど、それだけで1000文字増えるので矢倉部分に任せて自重。
横歩取り
ピーク時の3分の2まで減少しています。激変のあおりを最も喰らっている戦法と言えるかもしれません。
2010年代に入ってからは、特にトッププロ同士だと右を見ても左を見ても横歩取りという印象すらありました。実際、2015年までは居飛車定跡系の3割程度で安定してますし、序盤の変化の余地が少ない分、課題局面の発生率は非常に高かったと思います。
しかしながら、横歩取りというのは「先手と後手の同意」により初めて成立する戦法であるため、例えば女流棋戦やコンピュータ将棋などでは出現比率が激減します。(よね?)
そこで後述するように、矢倉や角換わりの流行に研究リソースを取られた結果、自然と減っていってるはずです。
一昔前なら上のような勇気流(▲6八玉)とか、斉藤流(△5五角)のような、良い子は真似できない即死トラップ戦法が掘り下げられまくってるはずですが、あまり結論が出ている印象を受けないんですよね。
あと気のせいじゃないと思いますが、一時期より△8五飛戦法を見掛ける機会が増えた気がします。母数が小さいのでわからないものの、危険な最新の変化に飛び込むリスクを考えると、△8五飛戦法を選ぶのも合理的と思えます。 時間ができたらこの辺も検証したいところですね。
順位戦B1郷田ー橋本戦で、この動画で指摘していた手がでました。幸子新手といっていいのかな。注目の棋譜は名人戦棋譜速報で!
— 谷川二森 (@twinforest) 2016年6月16日
神崎蘭子さんの将棋グリモワール 第4局《姉弟子紗枝》 (00:25:20) #sm28829544 https://t.co/EcBGdZVkE2
一手損角換わり
角換わりでも触れるので、一手損の方を先に簡単な紹介。
全体のわずか2.4%。絶滅一歩手前まで来てますね。
後述しますが、角換わりの後手番で先攻できる指し方が増えてきたため、わざわざ別の将棋を組み立てる人が減っているんでしょう。 指し方としてマズいわけではないけれど、もはや一部のスペシャリストのみが選んでいるんじゃないかと。
丸山九段のように4手目△8八角成で強制的に自分の土俵へ持っていくのは、棋理の優劣はともかく、勝ちに行く指し方として有効だと思うんですけどね。
角換わり
雑な解釈ではありますが、角換わりは
- 同じ or 似た陣形に組む
- 先手が先攻する
- 後手は受け一辺倒になる
という王道の負けパターンを後手がいかに回避するかの歴史と言ってもあながちまちがってはないでしょう。
では、角換わり腰掛銀を軸に、近年の歴史を紐解いていきます。
まず、前項の一手損角換わりが一世を風靡したのが2004年頃。 2008年にはデータ上初めて後手の全体勝率が5割を越えたのは有名なところで、それが上述の戦法採用率にも表れています。
一方、通常の角換わりは冬の時代で、特に2011年の富岡流で先後同型の角換わり腰掛け銀に危険信号が灯りました。 A級順位戦で富岡流の結論が出た定跡に乗ってしまい、そのまま郷田九段が敗れたのは今なお語られる事件です。
そんな角換わりですが、採用比率が4分の1まで増えた2015年が契機だったように思います。 具体的には、後手側から先攻する手段が次々と確立されました。それにより、前述した負けルートに対する先後の立場が逆転したとも言えます。端から端まで語っていたらキリがありませんが、千田六段の2つの偉業にだけ焦点を当てましょう。
角換わりが研究合戦というのは変わっていないので、ある意味従来通りではあるんですが、半世紀に渡り結論が出なかった角換わり腰掛け銀同型に対し、そもそも同型になる前に後手が有利になる変化が見つかったのが2016年の夏でした。
上に示す広瀬-千田戦のこの仕掛けが成立しているようで、従来の角換わり同型に組もうとするだけで先手が不利とされるようになりました。伝統の同型はもうプロ棋戦では現れない可能性すらあります。
では、この局面を紐解いていきましょう。
まず思想の流れとして、端歩や桂跳ねを省略して後手から先攻という流れが出来てきました。2015年ぐらいからだと思います。そこから後手の先攻策がいろいろと開発されるなかで、千田六段が△6二金・△8一飛型を連採し始めます。
従来の角換わりは、上記の先手のように金を5筋に上がって玉に近づけ、場合によってはさらに玉を固めて使われていました。それを1筋離し、飛車を下段まで引く事で角の打ち込みの隙を消したわけです。当然角換わりですからともに角行を手持ちにしているわけですが、その運用に大きな変革をもたらしたわけです。
さらに特筆すべきは、△3一玉にすら上がらずに△4二玉のまま開戦している点で。木村定跡を筆頭に数十年かけて△2二玉まで上がらずに△3一玉で定跡が固まったというのに、さらに一手省略して先攻を優先しているんですね。
あくまでこれは角換わりの一幕ですが、ここ2年でお互いの速攻策が加速しすぎていて、角換わりが別世界に変貌しています。
あと、最後に「コンピュータ将棋研究Blog」さんばっか貼ってるのの一環で、おもしろい傾向なども。もはや人類では理解すら出来ない強さに辿り着いているコンピュータ将棋ですが、アルゴリズム的な癖なのかもしれないものの、雁木模様を好む一方で、角換わりは避ける結果、さっさと角交換を拒否するようなのです。
私自身の解釈的には、elmoって最終的な勝ち負けを補正項として絞っているため、一直線で序中盤に負けルートへ入りやすい角換わり自身への評価が低いんじゃないかと勝手に考えてます。 ソースも読んでないプログラムの気持ちなんてわかんないですけどね。
完全に蛇足で「ソースも読んでいない」で思い出したので貼っておきますが、最新ponanzaの中の人が教えてくれたので、でぃーぷらーにんぐ部分を一応読んでみました。いやー、パラメータの選択は職人芸だし、あくまでデータ生成部分だしで、全く理解できませんでしたね。まあ、構成的な所がわかるだけでもだいぶ楽しいんですけど。
https://t.co/YrZl75uXre
— はげあたま@月末に仙台 (@hageatama) 2017年11月25日
NNのお気持ちが読み取れない……
では、最後に羽生永世七冠誕生の対局に触れておきます。
後手が自然に腰掛け銀に構えて、さあジリジリと距離を詰めましょうって局面ですが、ここでいきなり▲4五銀とぶつけていきました。上に貼ったリンク先の▲4五桂跳ねもそうですが、攻めを繋ぐ技術が進んだ結果、無謀とも思えるいきなりの仕掛けでも手になるようになっています。
こんな序盤で▲4五銀が成立するとすると、かなり後手の駒組みに制約を入れられそうですね。
そして何より凄いのは、自身の記録が懸かった大一番で「やってみないとわからないので」とこの手を指せる羽生さんの強さでしょう。渡辺竜王は△6二金・△8一飛型で4筋、9筋を省略しての最新形で攻めてきているわけですが、実はこの2人は先週全く同じ局面で戦っているんですね。後手は後手で自信を持って選んでいるはずです。 それに対し、定説に挑戦する一手で応えられるからこそ、今なお第一線で戦えているんでしょう。
矢倉
さて、ようやく本編です。……ここまでが序章???
新人王を連覇した増田四段による"矢倉は終わりました"に代表されるように、矢倉の在り方が完全に変化したのがここ2年です。
居飛車穴熊を中心とした「固い・攻めてる・切れない」という現代将棋的発想の中で「固い」という部分を削って攻めに繋げる風潮が加速化してきています。現代将棋の申し子と言われた渡辺棋王に代表されるように「定跡形でしっかり囲って、それから攻めを繋ぐ」ケースが矢倉でも基本でしたが、ここ半年で矢倉囲いに組みあがる対局が半減どころか本当に稀な領域まで来ました。
飛車先不突き全盛時代に名人戦でいきなり▲2五歩を決めた森内九段に何が見えていたのかとか、藤井矢倉や脇システムの再評価なんかまで書き始めたら永久にまとまらないので、重要な3項目に絞って整理していきましょう。
矢倉①:△3七銀戦法の終焉
2012年――もう5年も前ですか。
当時……というより平成に入ってからは矢倉3七銀戦法が優秀過ぎて、矢倉といったら3七銀戦法の末端まで細かく精査する作業に陥っていました。
その行く末が、なんと91手まで定跡をなぞる領域です。さすがに、「あー、この将棋で矢倉91手組の結論でるな」と夕食休憩前に急いで記事書いた上記のA級順位戦を最後に、「先手勝ち」で落ち着きました。 とはいえ、そうなるとそのルートに突入する前で変化しなければとなり、あくまで▲3七銀に組んだ状態から虱潰しが行われていました。正直、すごいけど観ていてもつまらない!
そんな折、とうとう大きな契機が。
▲3七銀→▲4六銀→▲3七桂と好形が通る前提で20年間続いていた矢倉の定跡が、2013年に塚田九段により発見された△4五歩という押し返す手の成立により、全て放棄されたのです。
この△4五歩反発の成立が世代交代に繋がっているといっても過言ではありません。
www.nicovideo.jp(〜13:00くらいからわかりやすい解説)
矢倉②:居角左美濃
さらなる潮流が、そもそも矢倉という戦法そのものへの反発です。大げさに言うなら、ここ2年程で居飛車の考え方を根底から覆したのが、居角左美濃と雁木です。
まずは居角左美濃から。将棋ファンの度肝を抜いた2015年11月の対局に端を発しますが、「飛車先を切ったのが敗因」ってのがすでに従来の常識からは外れています。 飛車先交換三つの得ありって駒の動かし方の次くらいに習ったのに、交換という行為自身が手の遅れを引き起こしているほどの速攻策が成立してしまったのです。
上の対局の半年前、Ponanzaの作者 山本氏はこう言ってます。
コンピュータ将棋を見てきて7年。最近思うんだけど、少なくとも最序盤の飛車先交換ってただの手損じゃないかな・・・
— 山本一成@Ponanza電王 (@issei_y) 2015年5月10日
Ponanzaは飛車先交換ほとんど気にしないし・・
この辺りに関しては様々な意見があるでしょうが、ここ2年で先手が悠長に矢倉を組んでいると、後手からの早仕掛けで攻め潰されるのが当たり前の時代がきてしまいました。とにかく急戦ーー速攻策が優先されており、矢倉をきちんと組み上がる事は稀……というか全く見かけなくなりました。
盤上のシンデレラの居角左美濃を実際に並べてたけど、最新形関係なくガチで感嘆のため息しか出ない検討でなんなの、これ。△4五歩を突けるか否かの一点だけで2時間経ってた…
— はげあたま@月末に仙台 (@hageatama) 2016年4月27日
参考:https://t.co/wwFWoh1S8N #shogi pic.twitter.com/G8pXhqUdVg
これ投げて気付いたが、むしろここまでを追い直すなら羽生の頭脳 第5巻読むべきか??? pic.twitter.com/LL1edibzaj
— はげあたま@Saluton! (@hageatama) 2016年6月26日
それ以降、先手側からも居角左美濃を押し返す手段は出てきてはいるのですが、そもそも居角左美濃を避けようと、矢倉の開幕が攻めの争点を与える▲6六歩ではなく、▲7七銀に変化しました。
20年前に先見の明がありすぎる大天才が、矢倉の序盤を究極的に突き詰めると▲6六歩か、▲7七銀かみたいな検証をしてからの▲6六歩に集約された定跡に揺り戻しがきているのです。
矢倉②:雁木
出来の悪い矢倉の兄とかハチワンダイバーで言われてた気がする雁木囲い。(探したけど出てこなかった) 二こ神さんが古くて泥臭いキャラとして雁木を愛用していた時点で、ほんの1年前までの雁木のイメージは推してはかるべしです。
プロでも、一部の力戦系を好む棋士以外でこれを指しているのは見たことなかったのですが、ものの半年でA級順位戦で相雁木まで出てくる時代になろうとは……
最初に出した戦型推移のグラフで雁木は矢倉とカウントされているようですが、もはや矢倉の早仕掛けなのか、雁木なのか、分類する方が野暮な状態になっています。正直、雁木戦法については全く理解できていないので、表面的な話になってしまうのでご了承願います。ここ半年でいきなり世界の根底から覆されても、アマチュアは飲み込めませんって!!!
オーソドックスに組むとこんな感じですかね。特徴としては、左銀が▲6七銀となっているところです。駒の連結としては矢倉に分がありそうですが、▲7七桂から左桂が活用しやすく、逆に後手の△8五桂に銀が当たらない。そして角交換しても打ち込みのスキも小さいため、攻めっ気を出しやすいって所でしょうか。 その観点でいくと、何よりも組むのが早いため、昨今の矢倉速攻傾向とも完全に噛み合ったのでしょう。
元々はponanzaを中心にコンピュータ将棋が得意としていたとされますが、それもわかる気がします。自分が真似しようとすると、歩が前面で向かい合いすぎてるのに発展性がなくて手が出にくいままズルズルと固められそうな気しかしません。これの右銀は使い道ないでしょ……
その点、攻めを繋ぐのがうまいponanzaなどは、一気に攻め潰してしまいそうな気がします。
実際のところ、雁木が多く採用されているのは単なる流行だと思うので、来年の順位戦では落ち着くと思うんですけどね。
△5三銀右急戦みたいなのが主流にならなかった理由を邪推すると、指せたとしても序盤から瞬発力を要求されるため、指すのが大変ってのはあると思うんですよね。 じっくりとした定跡形は、定跡抜けるまでは大きな差が付かないので、時間や体力残したまま中盤迎えられますし。
プログラマ35歳定年説の是非はともかく、最新の動向にキャッチアップし続けるつらさというのは避けられませんし、そういう意味でも40代後半で喰らいついていくのはそれだけで大変なことはわかります。
羽生さんも当たり前に、竜王戦第2局で雁木を選んでますが、その中にも現代将棋のエッセンスが入っている様子を片上六段がブログで解説されているので、是非ご一読ください。
おわりに
読み返すと、プロ棋戦の話題なのに、@suimonとデレマスの記事ばっか貼ってますね(笑)
ホント、インターネット上の研究・解説には本当に助けられてます。
さて、私が真剣にプロ棋戦を見始めたのは2010年頃ですが、当時はちょうど梅田望夫氏が「ドッグ・イヤー」ーー犬にとっての1年が人間にとっての7年に相当するように技術の進歩が急激に進む現象を、将棋界に当てはめて語っていた頃です。
あれから7年。その理屈でいくと半世紀が経ったわけですが、その中でもここ2年は7倍では効かないくらいの急激な変革が訪れている事は理解してもらえたと思います。
だからこそ、そんな時代に永世七冠を達成した羽生さんの恐ろしさをまざまざと見せつけられた思いです。昨日の序盤、私でもわかる斬新さでしたしね!
はー、趣味として将棋観戦を選んだ結果、ここまで満たされるとは夢にも思いませんでしたね。自分の余生がどれだけ残っているかはわかりませんが、次の永世七冠を拝む事は無理だろうなぁ。
羽生善治と現代 - だれにも見えない未来をつくる (中公文庫)
- 作者: 梅田望夫
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2013/04/26
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (2件) を見る