第3回将棋電王戦 第1局が10倍楽しくなるかもしれない対局者紹介 菅井竜也五段編

さて明日は,待ちに待った第3回将棋電王戦の開幕です。この先1ヶ月,週末が身動き取りづらすぎて嬉しい悲鳴ですね!
昨年に引き続き,普段は将棋を見ない人にも魅力がわずかでも伝わるように頑張りたいと思います。(しかし愛が溢れすぎて長文になってます。すいません……)

おさらい

1年前の第2回では,棋士からみて1勝3敗1分という厳しい結果でした。
内容から見れば「手も足も出ない」という段階では無さそうでしたが,最早コンピュータ将棋がプロ棋士と同等以上の棋力を持っている事は疑いないでしょう。

そこで今年は,

  • 統一された一台構成のPC
  • 昨年あったコンピュータ将棋側の予選のままソフトに手を加えない
  • プロ棋士側へ本番の構成をそのまま事前提供する

というルールへと変更になりました。個人的には,クラスタ化廃止は賛成ですが,事前貸し出しはどうなのかなぁと思ったりもします。この辺はニコニコ動画側からの要望という話です。
まあ,興行的に当面は人間側に勝って貰いたいでしょうし,,それも含めて電王戦です。

 

さて,そんな第3回将棋電王戦ですが,

  1. 菅井五段 VS 習甦
  2. 佐藤(紳)六段 VS やねうら王
  3. 豊島七段 VS YSS
  4. 森下九段 VS ツツカナ
  5. 屋敷九段 VS ponanza

という組み合わせになっております。
将棋界に詳しくない人にはなんのこっちゃ?という話かも知れませんが,この中でも,とくに第一局にはテンション上がりまくっています。

なにせ,自分が大大大大大ファンの菅井五段がついに登場なんですもん。そんなわけで,一番好きな棋士である菅井五段の魅力について,頑張って伝えようと今こうして書いております。

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振り飛車党の菅井竜也五段

将棋の戦法は大きく分けて,飛車の位置の最初のまま使う「居飛車」と,飛車を自陣で左側に振って活用する「振り飛車」に分かれます。 プロの戦いだと6:4~7:3くらいの印象ですが,基本的に振り飛車しか用いない振り飛車党となると,全体の2~3割でしょうか。 ここまでの電王戦では,一度も振り飛車は出ていません。

そんな電王戦で開幕を飾る菅井五段は,振り飛車党の若手筆頭です。事前のコメントでも飛車を振ると宣言しています。
そんな彼は,デビュー当初から振り飛車の第一人者である久保九段をして,自分が指しているようだと言わしめるほどの振り飛車スペシャリストです。 その振り飛車党らしい感覚を指して,ニコ動のキャッチフレーズは「電脳振飛車サバキ士」と付けられました。 まず,この「サバキ」とは何なのかがわかると,グッと面白くなると思います。

 

駒を「さばく」

この「さばく」感覚がわかってるんなら,私自身の棋力がもっとマシになってる気もしますが,それぐらい難しい感覚です。

 

上図は振り飛車の有名な定跡『山田定跡』の典型的な成功例になります。

素人目にもわかると思いますが,振り飛車は本来右側にある飛車を左辺へ振ってそちら側を戦場とし,王様は逆側でしっかりと守りを固めるのが基本方針です。 このとき,左辺の駒を相手の駒と交換しながら持ち駒にしたり,働きやすい位置に駒を配置することを「さばく」と言います。

上の図では左辺がすっきりしつつ,駒を取った7八の角は敵陣の王様付近を睨んでいます。 この状態がさばけた状態なんですね。 こうなると,左辺の駒を持ち駒として相手陣へ直接攻め込める状態にしつつ,一方的に王様の防備を固めている振り飛車の優勢になります。 これが,振り飛車の目指す理想です。

振り飛車党の菅井五段や久保九段は,この「さばく」のが非常に上手なのです。 難解に駒がごちゃごちゃ入り交じった状態でも,綺麗にさばいてわかりやすく優勢に持ち込むんです。 コンピュータ将棋相手でも,序盤で優勢を築きつつ,こういうさばきから人間でも間違えにくい局面に持っていくというのは,一つの理想的な勝ちパターンじゃないでしょうか。

 

「電脳」世代

「電脳振飛車サバキ士」の「電脳」の方にも触れておきましょう。

1992年生まれの21歳な菅井五段は,岡山県出身です。 そんな地方では対戦相手に困るというハンデを,インターネットの将棋道場でカバーしていたという世代なんですね。 プロになるまで,年間一万局は欠かさず指してたと言います。 しかも,相手が付き合ってくれなくても,一局一局にしっかりと感想戦――検討を忘れなかったというのです。

その結果,プロ入り1年目にして,プロ同士ながらインターネット越しの対局という特殊棋戦「大和証券杯ネット将棋・最強戦」で優勝を飾り,「類まれなる成績」により五段昇段という快挙を成し遂げたのです。

たとえば,二戦目の佐藤紳哉六段が電王戦の解説本で”データベースを導入したのが1ねんくらい前で、それからようやくです。パソコンを使って、モニターの中の将棋盤を見ることに、アレルギーのような感覚があったんですよ。”などと言ってるのとは対照的ですね。

 

菅井五段の大ファンな理由

菅井五段の大ファンな理由は単純で,菅井五段から将棋が好きで好きで堪らないのがメディア越しでも伝わってくるからです。

普通,どんなジャンルでも好きな物でプロになったら,その好きな物を変わらず好きでいられるのって難しいと思うんです。 そんな中,菅井五段だけは成人を迎えても,変わらず将棋好きな少年っぽいんです。 深夜に及ぶ対局の後に平気な顔して先輩棋士を練習将棋に誘ったり,感想戦で感情露わに悔しがったりと,華があります。

 

菅井五段 最大の魅力

菅井五段最大の魅力は,彼の見せる創造性です。

プロ入り4年目の21歳という若さながら,石田流▲7六飛やゴキゲン中飛車△4四歩を中心に,「菅井新手」,「菅井流」と呼ばれる斬新な閃きを数多く残しています。 
一般に,プロ棋士の研究というのは既存ルートの先にある障害に対し,どう立ち向かうかというものになりがちです。 これは将棋に限らず,何事もそうでしょう。 しかし菅井五段は,みんなが分岐を考える局面の大きく手前で,新たな道を切り拓いてしまうのです。 「○○新手」が出てきて「また○○新手かよ」と思われる棋士なんて,菅井五段くらいじゃないでしょうか。

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彼の著書「菅井ノート 実戦編」でも,普通の人は既存の棋譜を追うのに時間を割くが,自分は初手からあらゆる可能性を考えることに時間を費やしていると述べています。 こういう若さと才気溢れる姿勢は,ファンでなくてもグっときますよね!

 

今月の菅井新手

うろ覚えですが,関西棋士が集まってのトークイベントで「何か新しく始めたい事はありますか?」という質問に,他の方々が普通の趣味を答えている中で,菅井五段は「居飛車を指したい」と答えて笑いを誘っていました。

そんな菅井五段が,今月も菅井新手を繰り出してきました。 しかも居飛車で!!

上図の形が,プロで最もよく指される戦法の一つ「横歩取り」です。 序盤から先手が△3四歩を取りに行くので,文字通りの名前です。横歩取りは,先手・後手ともに「今日は横歩取りを指しましょう」という同意により始まる戦法なので,任意の局面までは阿吽の呼吸で進む事が多いです。 

そして,横歩取りはギリギリの綱渡りを持ち駒の歩が1枚あるか無いかで攻めが繋がるかが変わってくるため,できる限り歩を打たずに済ませるかが「常識」です。

しかし,普段指さない横歩取りへ誘導した後手の菅井五段は,そんな常識など間違っていると言わんばかりに△2三歩と自陣へ打ち込みました。 またしても,他の棋士なら選択肢を考えすらしない段階で道を切り拓いたわけです。 そして,今年度もタイトル挑戦を果たした俊英 中村六段をそのまま破りました。

はっきり言って,これで勝ったのは作戦が成立していたからではなく,単に菅井五段が強かったという展開でした。 それでもこの手をとがめきれなかった以上,△2三歩という新たな地平を拓いたと言っても過言では無いでしょう。

 

やねうら新手

一方,コンピュータ将棋も常識には囚われません。第2戦で登場する「やねうら王」が先日からインターネット将棋道場「将棋倶楽部24」に参戦しています。

ちなみに初手から定跡は使ってません。局後学習させた定跡のみです。もうコンピューター将棋はそろそろ初手から自分の力で切り拓くべきだという考えのもとにそうしてます。(まだ時代が2,3年早過ぎるかも…)

ってなことで,このバージョンのやねうら王は定跡を敢えて切ってるそうなのです。

その結果出てきたのが横歩取りに対しての△4四歩です。 ちょうどライブで見ていて思わず変な声出ました。人間的には違和感が大きすぎる手です。

ただでさえ攻撃の手段が限られる横歩取りで,自分の角道を止めています。 しかも,少し専門的な話になりますが,塚田スペシャルという突かれた4段目の歩を積極的に掠め取るような指し方に近い攻め方も狙われそうに見えます。

 

しかし,これが意外にも成立しているようなんですね。 厳密には成立していないのかも知れませんが,これまた普通の人だったら考える前に除外される手でしょう。

 

まとめ

人類の常識に縛られないコンピュータに対して,人類の中で最も常識に縛られない棋士の一人である菅井五段がどう戦っていくか。 現状最高峰の振り飛車はコンピュータを撃破できるのか。 初戦の結果はどうなるのか……etc

明日の展開を想像するだけでワクワクが止まりません。こんな誰得長文を書くほど,私が盛り上がっている理由,わかっていただけたでしょうか?

あー,習甦に関してもいろいろ書きたかったけど……もう去年の奴で勘弁してくださいorz