ほこ×たて「金属VSドリル」の裏側解説の解説

追記:第6弾解説書きました。

リアルほこ×たてである「金属VSドリル」の第5弾が先日放映されました.前回が神展開でこれ以上は臨めないと思っていたのに,再戦でそれ以上に劇的な結末を迎え,自分も含め日本中が熱くなったと思います.

その裏側を実際に取材していた業界紙の方が解説していて広く読まれているようですが,全体的に専門用語の解説無しに書いてあるのでわかりにくいんじゃないかと思い,特に日本タングステンの中垣内氏がどんな金属をどんな狙いで開発したのかと言う事をメインに勝手に解説してみます.粉末冶金協会の学会の講演進行バイトにて小銭稼いでた力を見せてやるぜ!(意訳:少し専門ズレてるのと,ドリルに関しては全くわからないのでご了承願います)

焼結

まず,前提知識として『焼結』というものを理解しないといけません.

硬い材料,耐熱性の高い材料は沸点が高いために溶かす事ができません.その分野で一番メジャーな炭化タングステンだと,融点が鉄の倍と言えば扱いづらさがわかると思います.そこで,そういう材料を作製する場合,粉末を型に入れて焼き固める『焼結』を行います.(この辺はVTR内でも硬い粉を型に注いで炉に入れていたのが流れてましたね)この時,表面エネルギーや内部拡散などの小難しい理屈により,ざっくり言っちゃえば融点よりかなり低温でも金属の塊(バルク)を作れる訳です.

このように,粉末でバルク金属を得るのを『粉末冶金』というのですが,粉末であるために粉末の分量やら,焼き固め方に通常の金属融解とは全く違うノウハウが必要であり,そこをに特化して最先端の材料を作っているのが日本タングステンさんとなります.

サーメット

さて,次に説明が必要なのが『サーメット』になります.サーメットというのは,セラミックとメタルの合成語なんですが,金属よりも硬くて熱に強いが非常に脆いセラミック(陶器などのイメージ)を,粘りのある金属と混ぜちゃえば,ほどよく割れにくいけど硬くなるよね,という発想の材料です.この辺は粉の比率で成分弄りやすい粉末冶金ならではの発想ですね.チョコチップアイスのような状態を頭に浮かべて貰えば結構です.

今回の対決だと,メインのサーメット製である円筒試料と,周囲を囲む金属の色合いがかなり違うのがわかりますね.ぶっちゃけ,サーメットは厳密には金属ではなくなっているため,金属光沢が失われています.

前回の対決記事からもわかるように,ドリル側が砥粒の研磨により穴を開けに来るだろうと踏んだ日本タングステンは,摩耗しにくく,摩擦熱に強いサーメットに切り替えて材料設計を行ってきました.結果として,あまりに硬すぎるため,やすりを取り替えつつ片っ端から削り取るイメージだったドリル側に対して,20mmの厚さを削られる前に相手のやすりを使い果たさせたわけです.

靱性

ここで重要になってくるのが,割れやすさ・粘り強さに関わってくる『靱性』になります.前回の戦いにおいて,金属側は割れてしまいましたが,これは恐らくセラミックの割合を高めすぎて陶器の塊のようになり,工具の押しつけや,どこかに引っかかって瞬間的なかかった衝撃により砕けたのだと思われます.そこで,今回は耐摩耗性は上げつつも,靱性は高くて割れにくいという材料を作るという目標が加わりました.正直なところ,硬さを上げると靱性は下がって脆くなるという相反する性質(最硬のダイヤモンドだってハンマーで殴ればあっさり砕けます)なので,ドリル側には無い一方的な制限(ドリルは穴を開ける方に全力を注げば,それが割れ対策にも繋がる)だと思い,個人的には今回はドリルが勝つと予想していました.

しかし,結果は今回も金属側の勝利.現状で与えられた情報だけでは耐熱・耐摩耗性と靱性の両立をどうやって成し遂げたのかはわかりませんが,あのギリギリの結末を見る限り,粉末のサイズ,割合,熱処理,空孔率の低減,外枠金属の調整など,ありとあらゆる点で絶妙な材料の作り込みが行われた事は想像に難くありません.

結言

とある特性に対して最高の材料を作るという夢は誰しも持ち合わせてますし,実際にやってしまえば出来ちゃう事です.だが,現実的にはお金とかお金とかお金の問題でチャレンジする機会は存在し得ません.今朝,「なんの役に立つんですか?」の暴力性というエントリを読みましたが,我々がやっている工学では実際に役に立ってなんぼなんです. そんな中で,こんな馬鹿げた企画を世に送り出せるほこ×たてって番組は魅力的ですが,もっと裏側もかみ砕いて伝えて欲しいですし,潜在的に優れた技術を持つ日本の工学分野に目を向ける番組がもっと増えないかなとも思う次第です.